『ガールズバンドクライ』制作を終えたシリーズディレクター・酒井和男氏にインタビュー。「仁菜が狂犬と呼ばれるのは驚き」

TVアニメ

2024年4月から6月にかけて放送されたTVアニメ『ガールズバンドクライ』。東映アニメーションのオリジナル作品として誕生した本作は、学校を中退し、単身東京で大学を目指すことになった主人公・井芹仁菜を中心に、5人の少女がロックバンド「トゲナシトゲアリ」を結成。世の中の不条理に立ち向かいながら、自分たちの居場所を探す物語が描かれた。

東映アニメーションとガールズバンドという珍しい組み合わせや、ほぼ全編が3DCGで制作されたインパクト、もちろんストーリーや楽曲のクオリティもあって、強い存在感を放つ作品となった。

そんな本作でシリーズディレクターを務めたのは、これまでに『ラブライブ!サンシャイン!!』などを手掛けてきた酒井和男氏だ。今回、制作を終えた酒井氏にインタビューを実施し、このオリジナルアニメの制作を振り返ってもらうことにした。

パンチの効いたキャラクターを作るつもりはなかった

――酒井さんといえば過去に『ラブライブ!サンシャイン!!』などを手掛けてきましたが、今回なぜ『ガールズバンドクライ』に携わることになったのでしょう。

以前にもプロデューサーの平山さん(東映アニメーション・平山理志氏)といっしょにアニメを作っていまして、それが一段落したタイミング…2019年ごろでしたね。そのくらいのタイミングで「新しい企画を立ち上げたい」というお話をいただいたのがきっかけでした。当時はまだバンドというテーマも決まっていなくて、軽い気持ちでスタートしたんです。

――「オリジナルのなにか」というのは、最初から決まっていたと。そこからガールズバンドには、どのように辿り着いたのですか。

まず、描きたいテーマとして決まっていたのが、東京オリンピック後の日本を包む閉塞感とか、そこから生まれる若者の生きづらさでした。これを軸に、新しいアニメーション、新しいキャラクター像を模索していきました。

最初に考えたのはガールズバンドとはまったく関係のない、近未来を舞台にした作品でした。画面的にもストーリー的にもバーチャルで、PCやスマートフォンに加えてヘッドマウントディスプレイが当たり前のように存在する世界は、強いフックになるんじゃないかと。この時期から、3DCGの作品にすることは決まっていたので、相性もいいのではと思ったんです。

しかし花田さん(シリーズ構成の花田十輝氏)の提案があったり、もちろん東映アニメーションさんのポテンシャルも考えたり、さまざまな要因からガールズバンドに辿り着きました。

――そこでオリジナルで3DCGのガールズバンド作品が始まったと…。ストーリーはどのように決まっていったのですか?

先ほど話した、若者がなんとなく感じている閉塞感ですとか、そういったテーマを元に、まずは花田さんに書いてもらって、それをベースに僕たちほかのスタッフが揉んでいった流れです。僕から伝えたこととしては…「悪人は出さないでほしい」と言った覚えはありますね。「あっちが悪だからこっちは正義」という構図にはしたくなくて、手段が違うだけで、それぞれの正義を持って行動してほしいと考えていました。

――3DCGを使ったアニメも、ガールズバンドがテーマのアニメも、これまでにいくつか存在していますよね。酒井さんとしては、過去の作品からインスピレーションを受けたことはありましたか?

ガールズバンドというと、『けいおん!』があり、最近でも『BanG Dream!』とか『ぼっち・ざ・ろっく!』とか、いろいろありますよね。ただ、影響があったかというと、それほど感じていないです。『ガールズバンドクライ』はバンド以上にキャラクターに重きを置いた作品だからです。バンドという枠組みが同じだけで、その中にいる人物は全く違いますから。

とはいえ、『ぼっち・ざ・ろっく!』『BanG Dream! It’s MyGO!!!!!』と、ここ数年立て続けにガールズバンドアニメが登場したのは、確かに驚きました。特に『ぼっち・ざ・ろっく!』は、僕たちが水面下で制作を続ける中で発表されたこともあって、「同じ時期に放送されるのかな…」とか、いろいろ考えていました。結果的に、僕たちのほうがかなり遅れることになりましたけど(笑)。

――キャラクター像を重視したとのお話でしたが、各キャラクターはどのように生み出されたのでしょう。

それもストーリーと同じで、花田さんが作ったベースを元に、みんなで話し合って決めました。その過程で、少しずつ僕たちの考えや性格が反映されていったのだと思います。
だから、仁菜がSNSで「狂犬」と言われているの、ちょっとだけ心外…というか驚きだったんですよ(笑)。僕たちとしては、別にパンチの効いたキャラクターを作るつもりはまったくなくて、ストーリーの中で活きる仁菜が結果的に生まれたというか。そういう意味では、アニメの制作中、そして放送中もキャラクターが成長した感覚はあります。

――確かにSNSだと、仁菜のキャラクター像は固まっていますね(笑)。ただ、ストーリーが進んでいくと周囲との距離感を急に縮める仁菜も楽しめました。

アニメというメディアの性質上、コミカルな一面も見せていきたいと考えたのが一つ。それに加えて、彼女たちは映像で描かれている以上の長い時間をともに過ごしているんです。場面が切り替わってもそれは地続きではなく、その間にたくさんの出来事があるはずだし、仲も良くなっているはず。描かれていないだけで、実はちょっとずつ本性を見せたのが仁菜なんです。

生きるうえで避けられない「お金」もテーマの一つ

――キャラクター同士の関係性についてはどのように考えていったのですか?

誰と誰が一緒に住んでいるとかは、物語の構成を考える過程で決まっていきました。最初はやっぱり仁菜と桃香で、この2人を中心に外のキャラクターが固まりました。
あとは、川崎を舞台にすることが決まったことも、関係性を築くうえでは大きかったと思います。川崎って、地方出身者が多い労働の街であり、国道1号線が走っている稀有な場所なんです。
当初はバンドものということで下北沢や池袋などをイメージしていたのですが、花田さんがライブを見に川崎を訪れるというので決まりました。そして、川崎ならどんな出来事が起こるのか、どんな人物がどんな関係を作っているのかを考えていったのです。

――すばるに関してはいかがですか?アニメを見ていると達観していて、彼女によってバンドも、ストーリーも支えられていると感じました。

すばるもまた後発的で、アニメを作る過程で成長したキャラクターだと思います。最初からこんな性格になるとは考えておらず、本来はもっと知的で、人によってはずる賢いと感じるキャラクターを想定していたんです。ただ、声が入ったことで僕たちの感じる印象が少しずつ変わって、みんなを支える側面が強くなっていきました。

――やはり制作中にどんどん変化していったと…。それとは別に、作中でもキャラクターたちは成長し、変化していきますよね。

オリジナル作品だと、どういう成長を視聴者に見せるのかは僕たちですら先が読めませんでした。打ち合わせのたびにゴチャゴチャと変わっていった覚えがあります(笑)。
そもそもの話をすると、「アニメの中で彼女たちは成長するのか?」とすら思っていました。仁菜たちのやったことが正解なのか間違いなのかは、はっきり言って分からないです。正解だと捉えるならそれは成長とも言えるし、逆に間違いだとするなら全然成長していないとも言えます。むしろ、どっちとも見て取れる懐の深さこそが『ガールズバンドクライ』だと思うし、それは完成品にも反映されていると思います。

――舞台となった川崎についても聞かせてください。酒井さんは川崎に対して、どんなイメージを持っていましたか?

東京と近い場所にありながら、地価や家賃が低いイメージ…というのも、個人的な『ガールズバンドクライ』のテーマとして「お金」があったんです。彼女たちはどんな家に住んで、親からはいくらもらって、何時間バイトをしているのか。バンドでお金を稼ぐ気持ちはあるのか。
現実的な問題として、お金は人の行動力を決めるものです。川崎は彼女たちのような若者につきまとうお金という問題を、リアリティをもって描ける場所だと思います。

――終盤ではレコード会社とのやり取りが頻繁に描かれていましたが、それもお金がテーマとしてあったから?

そうですね。この世で生きていたら仕事でお金を稼ぐことは避けられない価値観であり、仁菜たちがそれを知る機会を作りたかったんです。彼女たちは別にお金を求めてバンドをしているわけじゃないけど、絶対に必要なことですから。

仁菜たちは最終話を前に夢を叶えていた

――作品を見て気になったのは、いわゆるモブキャラクターが、違う話数でも度々登場していました。

CGアニメならではのところで、一度制作した3Dモデルは積極的に再利用しようと考えたのです。制作工程上、たくさんのモデルを作るのは難しいです。だけど、それをネガティブに捉えるのではなく、みんな同じ地域で生きているのだから、当然再会することもあるだろうと。

――変わらない姿、変わらないクオリティで再登場できるのは、CGのメリットでもありますよね。その一方で、所々で通常の作画で描かれるシーンもありました。

スケジュールやクオリティなど、制作現場との兼ね合いで、すべてをCGで表現しきるのは難しいと判断し、「それならば」と、要所で作画のシーンも取り入れることにしたのが実情です。これもまた決してネガティブな話ではなく、新しいチャレンジの一つとして考えていました。

――オープニングが作画なのも、制作が進む中で決まっていったということですか?

そうなりますね。もともとオープニングも3Dで描く予定ではあったのですが、作画のほうがスムーズという理由で絵コンテも作り直しました。ただ、そこで一つ問題が発生して…最初は全部3Dで描く予定だったから、2D用のキャラ表がなかったんです。

――あぁ…なるほど。

スタッフはもちろん僕自身も含めて、素材を一から作りました。振り返ってみると、作画が一番のイレギュラーだったかもしれません。

――逆にCGで描かれた箇所での苦労などはありましたか?

僕自身というより、CGを動かすスタッフに苦労をかけたとは思います。CGが苦手なこと、例えば握手など指先の細かい動きが苦手なことは知っていましたが、あえて気にせず絵コンテを仕上げていったのです。結果的に3Dの中に2Dっぽさが残る…例えば表情とか、2Dと変わらない表現ができました。

――言われてみれば、仁菜を中心に表情はバラエティ豊かでしたね。

表情に関しては手島さん(キャラクター原案の手島nari氏)も現場に入ってもらい、いろんな表情を何百枚も描いていただいたことで実現しました。
特に仁菜がこたつの上でギターを掻き鳴らすシーンや、「東京えずかー!」のシーンは、表情だけでなく体の動き、それ以外のオブジェクトも用意する必要があったので、苦労した記憶があります。なにせアセットがあるわけではなく、その都度ハンドメイドでしたから。

――作中では日常のシーンの他に、ライブシーンもCGで描かれています。こちらはこだわったポイント、苦労した箇所などありましたか?

いやぁ…難しかったです。以前に僕が手掛けたアイドルアニメだと、さまざまなフォーメーションでキャラクターの立ち位置を変えることができるんです。しかし今回の場合はロックバンドで、みんな楽器を持っているから動かせないんですよね。ドラムなんて一歩も動けないし、キーボードだって…智がキーボードを担いで動き回ったら、それはそれで面白いですけど(笑)。

――(笑)

だからこそカメラワークが重要だと思い、トゲナシトゲアリとダイヤモンドダストで見せ方に変化をつけることにしたんです。そもそも絵コンテの時点で、トゲナシトゲアリのライブは僕、ダイヤモンドダストは三村さん(ライブパート演出の三村厚史氏)と、別々で担当することにしました。全部自分一人でやると、どうしても似通っちゃいますから。
見比べてみると、ダイヤモンドダストのライブは3D演出に加えて、固定カメラの視点も交えたリアリティのあるカメラワークになっていると思います。

――ライブシーンといえばもう一つ、第11話のサウンドチェックがとても細かく描かれているのが印象的でした。

サウンドチェックを描くアニメってなかなかないですよね(笑)。あのシーンに関しては、実際に本編でやるかは別にして、モーションキャプチャー自体は撮影していたんです。モーションキャプチャーを担当するアクターの方はバンド活動もされているので、普段やっている仕草をそのまま再現してもらいました。
素材はあるんだし、せっかくCGで見たことない部分も描けるのだから、そこはリアリティを出す意味でも入れてみようとなったのです。

――音楽の面でいうと、サブタイトルが邦楽ロックの楽曲名になっていましたよね。

完全に花田さんですね、100%(笑)。花田さんから提出されたとき、知っていたのは1/3くらいだったかな…。中には知らない楽曲もあったけど、歌詞を読んでみるとストーリーとマッチしていて、納得できましたね。
最終話の「ロックンロールは鳴り止まないっ」は神聖かまってちゃんの楽曲が元になっていますけど、トゲナシトゲアリのイメージとも合っていて、しっくりきた印象がありました。
聞こえてくる言葉の意味は分からなくても、心のなかには残り、鳴り響く。「音楽ってそういうものでしょ」というのは最終話が持つテーマであり、トゲナシトゲアリのメンバー5人の共通認識だったと思います。

――放送が終了して1ヶ月が経ちましたが、あらためて視聴者からの反響はどのように受け止めていますか?

やれることは全部やったアニメなので、評判はとてもありがたいです。思いついたアイディアも可能な限り詰め込んで、「あとは見た人に委ねよう」という気持ちだったので、肩の荷がちょっとだけ降りました。

CGアニメに対するアレルギーって、最初期ほどではないにしても、まだまだあると思うんです。でも、3Dだからこそ「面白いことになる」とも思っていました。「3Dだから見ない」という意見もありましたけど、むしろそんな壁を乗り越えることが、楽しくてしょうがなかったです。

結果論ですけど、セルでやっていたら、こんな結果にはなっていなかったでしょうね。言い方は悪いけど、最初に3Dモデルを作ったとき、すごく不気味でしたもの(笑)。だけどそこで立ち止まるのではなく、むしろ妙な自信があったのも確かです。実際、アニメ本編が完成するころには自然な造形になっていましたし、スタッフの努力の結晶と言っていいと思います。

――今後もCGアニメは増えてくると思いますし、『ガールズバンドクライ』の存在は大きかったと思います。

3DCGで13話を作りきれたのは、現場のスタッフも、もちろん僕自身も貴重な経験ができたました。もちろんこれで終わりではなく、世間が許してくれるなら『ガールズバンドクライ』も、まだまだ作りたいですよね。もちろん時期尚早ではあるけど、願望としては持っています。

――最終話を見ていても、続きを描ける余地を残した終わり方だと感じました。

確かにそうですね。だけど、あの続きを描くのは難しさもあります。というのも、仁菜たちはアニメの中で一つのゴールを迎えているんです。ロックバンドのゴールといえば、売れてお金持ちになったり、ヒット曲を作ったり、大きな会場でライブをしたり、色々あると思います。
でも仁菜たちメンバーは、それを欲してない。むしろトゲナシトゲアリの5人で音楽をやることがゴールであり、言ってしまえば最終話より前に夢が叶っているわけです。もっと作りたいという思いと同時に、夢を叶えた彼女たちを描き切れたとも思っています。もしも最終話の後もバンド活動を続けたら、一体どんなトゲが出てくるんだろうと、まずは想像を膨らますところからですね。

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